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  • odawaraetsuko1

作業としての植物栽培

2024/7/8

前回は,友人の小夜の植物栽培の経験について書きました.

小夜が多忙のために育てていた植物を枯らして自信を失ったというストーリーでした.

小夜がもう一度植物を育てられるように作業を再構築することが,どのように

彼女の自信を回復する支えになったのかというストーリーでもありました.

私は,小夜が小さい頃の遊び,その後の生き物への興味,実際の栽培経験を通して,

植物栽培の意味をつくり上げたことがわかりました.

今日は,作業としての植物栽培の広い見方を以下の角度からお伝えします.

              作業としての植物栽培の形態,

           その機能,

             その作業の意味.

作業としての植物栽培をビッグピクチャー(俯瞰)で見るために,小夜が植物を

栽培しているところを想像してみましょう.


作業としての植物栽培

状況:

小夜は夫と暮らす,常勤の作業療法士です.6年前から自宅のベランダと室内で

植物を栽培しています.

 

作業の形態:

小夜は子どもの頃近所の草原で走り,木登りをして遊んでいました.

小夜には,自然の中にいると落ち着き,気持ちがよかった記憶があります.

小夜は成長するにつれて,生き物のつながりに興味を持つようになり,

農学部で生態学を学びました.

卒業後,仕事が超忙しいときに,観葉植物のパキラを枯らしてしまいました.

小夜は,自分にも,植物を育てることにも自信を失いました.

数年後,知り合いから別の観葉植物のポトスの挿し木を入手し,栽培を始めました.

ポトスはなかなか大きくなりませんでした.

小夜が結婚し,遠距離通勤でもっと忙しくなった時にはポトスが枯れそうになりました.

小夜はポトスの挿し木がなんとか根を出すように,もっと注意深く世話をして,

土に植え,ポトスは回復しました.

ここ数年は,植物が順調に成長し鉢も増えたことを彼女はとても喜んでいます.

小夜にとって植物は一緒に生活する家族です.

小夜は毎朝ベランダのポトスとハーブの具合を見ながら声をかけ必要な世話をします.

植物が元気なら,彼女もうれしいです.

食事をしながら食卓のそばにあるポトスも確認し,必要なら世話をします.

小夜は植物を「この子たち」と呼びます.

 

作業の機能:

小夜は幼少期に野原で遊び意味のある経験をしました.

そのことを生き生きと明確に憶えています.

その後,生き物には連続したつながりがあるという考えに興味を持つようになりました.

小夜には,すべての命は連続したサイクルを作るという考えは,われわれは

みんな生態学的なサイクルの一部としてつながっていることを意味しました.

ところが,小夜の仕事が忙しいために,育てていた観葉植物が枯れてしまった時,

小夜は植物を育てる自信をなくしました.

そして,自分への自信もなくしました.

小夜は生活のバランスもウェルビーイングも失いました.

小夜は,結婚や遠距離通勤や過酷な仕事のために起こった生活の変化に適応

できなかったような気がしました.

世話をする時間や配慮がたりなかったので,植物が枯れ具合が悪くなったと

小夜は考えました.

つまり,小夜にとって育てていた植物を救うことは自分につながっている命を

救うことになります.

植物を育てることは彼女や彼女の家族につながっている命を世話することを意味します.

育てている植物が枯れれば,小夜は自信を失い,植物が元気になれば,彼女も自信と

ウェルビーイングを回復します.

小夜の植物栽培はとてもエコロジーな作業です.

 

作業の意味:

小夜にとって植物栽培は,生態学的な考えで構築されてきました.

小夜と植物は相互に連続するサイクルの一部ですから,植物を栽培することは,

彼女にとって意味があるのです.

植物を育て世話をすることには,家族の世話をするのと同じ意味があります.

そこには,家族を世話する喜びだけでなく,責任もあります.

だから,植物が成長し増えると小夜はうれしくなり満足するのです.

 

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